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院長紹介

院長 ごあいさつ

最先端パーソナル総合医療クリニックを目指して

北青山Dクリニックの'D'は、

の3つを象徴しています。

最新の設備と最先端の医療技術により、異なるこの3分野にわたる医療を、同時にかつハイレベルで実現できる「最先端パーソナル総合医療クリニック」を目指します。

一見軽い病状や無症状でも、背後に重い病気が隠れている場合があります。 ソフト(最先端の医療情報、技術)、ハード(最新の医療機器、設備)の両面で質・量ともに充分な医療は、先端病院や大学病院でしか受けられないことが、問題視されています。 日常的に気軽に相談でき、しかも質の高い最先端の専門医療を受けられる。 それが可能となる環境と体制がこれからの医療機関には必要と考えました。

《北青山Dクリニック》は、東京大学と慶應大学で医学を学び、その附属病院、関連病院で診療と研究に従事している当時平均年齢35歳の医師たちが、この理想に共感して集まり、2000年に誕生しました。患者さまにとって身近で、そして最も信頼できるクリニックとして、各専門医による最高レベルの医療サービスをご提供するクリニックを目指しています。

下肢静脈瘤や椎間板ヘルニアの日帰り手術をはじめ、3大成人病予防(癌・心筋梗塞・脳卒中)の予防、癌治療、アンチエイジング医療領域まで対応する日本の新しい医療形態を提唱した総合クリニックです。

院長 プロフィール

院長

経歴

1993年 東京大学医学部 卒
1993年 東京大学医学部附属病院第一外科勤務
虎ノ門病院麻酔科勤務
1994年 三楽病院外科勤務
1997年 東京大学医学部腫瘍外科・血管外科勤務
2000年 北青山Dクリニック開設

所属学会

日本外科学会、日本血管外科学会、日本消化器外科学会
日本脈管学会、日本大腸肛門外科学会、日本抗加齢学会
日本癌学会、日本癌治療学会

院長 おいたち

高校2年生のとき、バスケットボール地区大会リーグ戦に出場

1965年青森県大鰐町に阿保家の長男として生まれる。小学4年生の時にバスケットボールと出会い、小・中学時代は県内無敗のチームのキャプテンとしてチームを牽引し、高校2年生以降は国体選手として選出されるほどバスケットに打ち込んでいた。

このように勉学一筋だったというわけではないが、スポーツで培った体力・集中力で大学受験を乗り越え、早稲田大学理工学部に合格・進学。早稲田在学中には、今まで真剣に考えたことのなかった生涯の職業について深く考察する時間を得る。そしてこれまで考えもしなかった『医師』という職業を生涯選択することを決意した。 そして東京大学理科3類(医学部医学科進学課程)に再入学することとなる。幼少時代に自らを寵愛してくれた祖母を胃ガンで亡くしたことから、命の尊さ・医療の重要性を自ら知らずうちに自覚していたことを、改めて思い出した時期であった。

高校3年生のときの通学仲間と。阿保氏は左から3番目

医学部卒業後、外科医を選択した理由は、外科的な治療行為(手術)には医師個人の技量が大きく反映されるということと、サイエンスとアートの両者が外科医として必要であるということであった。つまりそれは、豊かな人間性と鋭い感性、高度な科学と技術が求められるということであり、そこに魅力を感じたためである。東大医学部附属病院第一外科での研修中は外科医としての基礎を徹底的に叩き込まれた。

研修2週目から重症急性膵炎の患者を受け持つこととなり1ヶ月間救急チームと共に病院に泊り込んだことも良い思い出である。 研修医の時期に執刀出来る殆ど全ての外科手術を最初の1年のうちに経験させてもらった。その後虎ノ門病院の麻酔科で6ヵ月間で200例以上のメジャー手術の麻酔を担当する。手術を順調に完遂するために極めて重要な麻酔技術を習得したのと同時に、自らが専門とする外科医という立場を客観的に確認することができた。

東大医学部6年生のとき。医学部アメフト部にも所属し、RB(ランニングバック)として活躍

その後、三楽病院で胃ガン、大腸ガン、乳ガン、肝臓ガン、食道ガン、膵臓ガン、腹部大動脈瘤など消化器外科・血管外科領域のメジャー手術を担当。3年間で必要な手術全てを経験した。その後、東京大学医学部第一外科(腫瘍外科・血管外科)に戻り、大学病院の臨床・研究スタッフとして、後輩達の指導も担当する。週3日間は救急病院に当直し関東近郊の地域医療・救急医療にも従事した。 豊富な当直勤務経験のおかげでプライマリケア(初期診療/かかりつけ医としての診療)の技量を十二分に習得できたと自負している。

臨床以外にも研究への重要性を自覚していたその頃、実の父親が肺ガンの診断を受けたことを地元青森の担当医から知らされる。自らが父親の手術治療することを決意するが、再検査の際に手術の適用しない末期ガンであることが判明。医師としてでなく息子としてこの上ない無力感に苛まれる。父親の他界後、大きく身の振る舞いを変えざるを得ない状況となり、大学病院を離れ、開業医として独立することを決意した。 また独立するからには、最良の医療サービスを提供しうる理想の医療機関を作り上げることを心に決めた。

2000年に「北青山Dクリニック」を設立。外科医としてのスキルを生かし、下肢静脈瘤や鼠径ヘルニアなどの日帰り手術を提供するだけでなく、病気を作らない予防医療、早期発見可能な精度の高い人間ドック、生活の質(QOL)を高めるためのアンチエイジング医療まで、質の高い医療サービスの提供に励んでいる。

2004年には医療法人社団DAPを設立。現在では、年間1000件以上の日帰り手術を実施している。

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